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我が家の御朱印帳『ひむか神話街道編』鵜戸神宮

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翌朝はご覧の通り快晴に恵まれ最初に向かった神社は日南にある『鵜戸神宮』です。

ご祭神
鵜戸神宮によると日子波瀲武鸕鶿草葺不合尊です。
古事記では天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命。
日本書紀では彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊。

ご祭神の系譜には大日霊女尊(天照大御神・伊勢神宮)天忍穂耳尊(英彦山神宮)彦火瓊瓊杵尊(霧島神宮)彦火々出見尊(鹿児島神宮)神日本磐余彦尊(神武天皇・宮崎神宮)とあります。

ここは厳島神社や千葉神社の配色と似ています。直感でそう思いました。私が未だに解明できていない謎の一つが赤備えの平氏と海神族との繋がりです。

先ずは平屋建ての神紋(隋神紋)をくぐります。

ここには左大臣様と右大臣様が御守しています。

少し歩くと二階建ての神紋があります。(楼門)

国指定名勝

神社の境内から太平洋を眺められます。

何とも壮大な景色。眺望が素晴らしい神社です。

サボテンが神社の境内で生き生きと育っています。まさに南国!今日は20度前後ありそうです。

案内図を確認してから行きましょう。

お参りの前に写真ばかり撮っていますね~(笑)

神橋、ここは仕掛けがあって神橋の横からも通り歩けます。

以前はここから神の領域で履物を脱いで裸足で参拝したそうです。

一部補修中でビニールシートが被せてあるのが残念でした。

この神社は色んな意味で深い神社のような気がします。

私には人の顔と神代文字があるように見えます。

宮崎県指定建築物鵜戸神宮本殿

私の携帯では全体を写す事がなかなか難しいです。

勿論ですが鵜草葺不合尊は神武天皇の父上です。

少し暗いですが本殿内です。

16菊花門が見事です。

左が干支のネズミ🐭で右が神の使いの兎🐰です。ぱっと見は分かりませんね、、、

拡大すると分かると思います。

撫で兎(撫でるとご利益を賜れます)

皇子神社

九柱神社

お乳岩

お乳岩の由来(お読みください)

御霊石

熊手がたくさんありました。

本殿横から撮影

運玉 男性は左手、女性は右手で願いを込めて、亀石の枡形に入れば願いが叶うそうです。

青い波と朱色の柵は見事なコントラスト

神橋を下から眺めています。

神橋の由来

北原白秋の短歌

やはりありました桓武平氏の月星紋と九曜紋(十曜紋)北斗七星からなる七曜紋も平氏の家紋です。

これは北斗七星に太陽と月を加え9つの星とすると伝えられています。

平清盛は揚羽蝶なので平家は違うと思います。

因みに縄文時代から日月星は信仰されていたと云われています。

平安時代から鎌倉時代以降は千葉平氏一門が使用しています。

吾平(アヒラ)山上陵、やはり平があります。鵜草葺不合尊は謎の神です。父が火遠理命/山幸彦で祖父は瓊瓊杵尊です。母は豊玉姫(大綿津見神の娘)です。火遠理命は豊玉姫があまりに早く鵜草葺不合尊を産んだ為に疑い、豊玉姫は鰐になって海へ帰ってしまったと神話にあります。

日向族は海神族(ポセイドン)を味方に付け神武東征と繋げていきます。茨木竹内文書では鵜草葺不合尊王朝の最後の大王が73代神武であり、神日本朝の初代の大王が神武天皇からと伝れられています。

脱線しますがムー大陸(ミヨイタミアラ)の首都はヒラニプラだったとする都市伝説まであります。

ここに鵜草葺不合尊が埋葬されているのですね。

これは蔵でしょうか?立派です。

鵜戸稲荷神社

不思議と神社巡りしている時はぎっくり腰は大丈夫だったようです。

左右の可愛いお稲荷(お狐さん)の姿が全く違います。

皇族の方々も参拝に来られています。

社務所は質素で好感が持てます。

駐車場にあった参拝の案内図

お札と御朱印を頂きました。

―続く―

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