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我が家の御朱印帳⑯東関東編(小湊:誕生寺)

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小湊に到着したのは夜の7時は回っていました。何せ茨木の鹿島から関東の最南端を通り小湊に向かったものですから(笑)

旅館の方が心配されて外で待機してくれていました。泊まった宿はこちらの旅館です。

https://www.sansuihotel.com/

ご飯も美味しく頂きました。先ずはお通しから~

刺身は勿論活造り。

意外に豚しゃぶもいけますね!!

これ美味しかったです!

お寿司は二貫でしたが丁度良い感じです。

これ以上は、もう無理!と言いながら女子は別腹ですね!恐れ入りました。

翌日は朝日に包まれながら頂く朝食は女子受けするヘルシー朝ごはんでした。

さて早朝から旅館の目の前に位置する誕生寺にお参りです。

大本山誕生寺

創建は建治2年(キリスト暦1276年)

以前桜シリーズでお届けしましたが日蓮上人の幼少期の頃のお姿です。

誕生寺の公式サイトによると日蓮聖人は、貞応元年(1222)2月16日、小湊片海の地に降誕した。その時、庭先から泉が湧き出し産湯に使った「誕生水」、時ならぬ時に浜辺に青蓮華が咲いた「蓮華ケ渕」、海面に大小の鯛の群れが集まった「妙の浦」という不思議な「三奇瑞」が伝えられている。

聖人は幼名を善日麿といい12歳までこの地で暮らした。文永元年(1264)聖人は母梅菊の病を祈願し蘇生させる。延命した母梅菊はそれを記念し、「菩薩荘厳堂」を創建。その後直弟子日家上人が建治2年(1276)10月、聖人生家跡に一宇を建立し高光山日蓮誕生寺と称したのが当山の始まりである。

明応7年(1498)、元禄16年(1703)の2度の大地震、大津波の天災にあい、その後現在の地に移る。26代日孝上人は水戸家の外護を得て七堂伽藍を再興し、小湊山誕生寺と改称す。しかし、宝暦8年(1758)の大火により仁王門を残し全山を焼失。49代日闡上人が弘化3年(1846)現在の祖師堂を再建し、当時関東随一と称された。

また、国守里見家、正木家より御朱印を賜る。明治に入り大正天皇御幼少時、病弱の為病気平癒の御祈願を行った。

昭和から平成にかけて、50万人講を発願し諸堂を復興し、平成4年5月落慶式を行う。現在日蓮宗の大本山として全国信徒の参拝の地となっている。

当家は日蓮宗なので誕生寺の御朱印帳を購入しました。

これは目出度い!(目出鯛)

そして御朱印を頂きました。

―続く―

https://www.orangehouse-ginza.jp/